昨日、毎日新聞社のケータイサイトで、東国原・宮崎県知事が徴兵制に関する発言をしたということでびっくりしておりました。
その記事自体は削除されてしまったのか、主要なニュースサイトで見つけることはできなかったのですが、その代わりにこんな記事を見つけました。
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徴兵制や「徴農制」の善し悪しは別にして、東国原知事が日本の道徳観の崩壊を心配するという姿勢そのものは私も大いに賛成。凶悪犯罪もどんどん若年層に広がっていますし、犯罪とまではゆかなくとも、最低限の善悪の区別もろくにできない人間がこの10年間で急増してしまったと言うことについては嫌と言うほど痛感しております。
他人対する迷惑行為を働いて恥じないばかりか逆ギレする若者、公共の場で平気でいちゃつくバカップル、行列に平気で割り込むオバハン・・・。
そもそも、子供たちの規範とならなければならない大人たちが、自らを律することができないばかりか、悪事を奨励している節すらありますからね。テレヴィのバラエティ番組は言うに及ばず、ちまたの流行語や風潮なども何故こんなのがはやるのか不思議なものばかり。
少し前にはやった「ちょいワル」なんて、若者に「悪いことはかっこいいことなんだ」という意識を植え付けていないか!?
小泉政権によって拡大した格差社会は、他人を見下したり差別することを正当化してはいないか!?
詳しくは述べないことにするが、「オカマ野郎の商法」に端を発する薄っぺらいJ-POPは、若者の情操教育を阻害していないか!?
教育現場にしたって、良く言えば自主性の尊重、悪く言えば放任主義が、子供たちに教えるべき道徳観を教えないまま大人にしてしまったのではないのかと思えますね。
かといって、管理教育にしてしまうとそれはそれで自主性のない人間が育つ温床であるわけであり、それはそれで善し悪しだったりというジレンマもありますが・・・。
話は変わりまして、以前、私は「Rif.2nd」さんの下記の記事に対しコメントを残しました。
この記事の中で、Rika氏は
ちなみにMOEとかいう世界は生理的に受け付けません。誰が何と言おうと私は認めたくないし日本の文化として紹介したく無い人なので
と述べられていますが、個人的には大賛成。私もどうも生理的に受け入れられません。
あれは自分を律することのできない者が自分を律しないことを正当化しているのではと感じます。平たく言えば欲望のむき出し。
実際にそれに端を発して犯罪すら起きていることを考えると、正直いい風潮とは思えません。
少なくとも自分の場合は、欲望むき出しのまま突っ走ると自分が堕落してゆくのではと痛感しておりますので、そうならないためにもあの手の世界には入り込まないことにしております。
昨年の紅白歌合戦で、和田アキ子さんがメイド服姿で「萌え~」などと言っているのを聞いてがっかりしたのですが、これは「和田アキ子」の声でそう言われたからではなく、「和田アキ子」という芸能界の大御所にそんな発言をさせたNHKに失望したからであります。
まだ、バックダンサーの衣裳問題を起こした「DJ OZMA」のほうが好感もてます(マジ)。[註1]
これらの現状を考えると、若者どころか大人たちについても、道徳心や規範意識、そして己を律する力を養うための場が、何らかの形で必要なのではと思えます。
東国原知事の「徴兵制」発言は極論なのではとは思えますが、もはや強制力を持って矯正しないと(洒落じゃないよ)どうしようもないレヴェルまで来ていると思います。
しかし、規範意識はともかく、道徳心なんて小学校の道徳の授業をまともに受けていれば身につくものではないの?
農業体験は、個人的には名案だと思いますね。この国の食糧自給率は低いですし、故に外食産業も原油に端を発する(?)物価高騰のあおりをまともに受ける形になっているわけですし[註2]。
この国の農業を再生させ、外国産に質・量ともに太刀打ちできるレヴェルにするためには、若者の力が絶対に必要です。特に、ニートやフリーターとして眠っている能力があるのに一方で人手不足が生じているとはなんと勿体ない。
政治家もマスコミも、そして我々一般ピーポーも、揚げ足取りに終始せずに、道徳観や規範意識についてはまじめに考えなければならないのでは?










3個のコメント
うーむ、わしもコレは問題だと思うとる。
徴兵制云々ではない。
サービスされることに慣れきって、若者はおろか
年寄りまでも、いわば「一億総ゲーム脳」みたいな状況を
今の日本は呈しておる、という話をラジオで聞いておったのだ。
タイムリー。
一番キレてるのはやはりわし以上の悪代官ども、
つまり政治家。コレはわしの私見。
それから、電子申告にどうしてもついていけず
領収書の束を握り締めて確定申告のため税務署に群れを成す年寄り。
病院でさんざ待たされ、挙句キレる年寄り。
ゲームの世界では裏技がもてはやされ、じっくり遊ぶプロセスが
はなから邪魔になっているという指摘をしておった。
ちょっと前の落語は、「あのヒト、今日調子が悪いから
見かけないのかねぇ」という自分も病院の待合室にいる年寄りの
台詞で下げるぐらいのユーモアがあったとも紹介しておった。
要は、サービスされて当たり前とか
思ったことがすぐ思い通りになるのが当たり前と思う心が
キレるもとなのじゃ。人間辛抱が肝心。
そういう意味では、釣りをするというのは精神の安定のために
まことによろしい。
釣れないからせっかちに工夫しようとするのと、
辛抱強く構えることを、同時に学ぶことができる。
これは、かの大作家・開高健氏の孫引きじゃが
ヨーロッパのことわざにいわく
一日幸せになりたくば、うまいものを食え。
三日幸せになりたく、結婚しろ。
一生幸せになりたければ、釣りを覚えろ、と。
「徴兵制」発言は東国原知事の化けの皮が剥がれたと言えるでしょう;-) (わたしは最初から東国原氏を信用していません) 「徴農制」と言い換えても本質は同じで、「国民に一律同じ行動をさせる」というのは危険な思想に違いはありません。確かにモラルハザードは問題となるわけですが、それはきちんとした豊かな教育でもって行うべきで、厳しい活動をさせるのは逆効果になるおそれがあると思います。
はっきり言うと、若者よりも年配者の方がモラルが悪いと思っていますので、若者をうんぬんするよりも、年配者を取り締まる方が先でしょう;-) なかなかいい対策がないので悩みどころですが。
どういうわけか、x64 Vista上に「VirtualBox」という仮想コンソールを導入し、そこにインストールした「Ubuntu Linux 7.10」(ただし32ビット版)から書き込んでおります。
未だに「ゲーム脳」の意味を存じ上げぬ拙者でござりまするが、便利になったことにより脳が退化しているというのもまた事実でござりませう。これ、某脳トレソフトで怖〜いポリゴン先生が危惧していたことそのものでござりまする。
電子申告について行けぬのは、老中…じゃなかった年寄が一方的に悪いわけでもござらぬのでしょうが(そもそもシステムがワケワカメすぎ)、ゲームの裏技の話は正攻法を楽しもうとする者が割を喰う仕組みでありましょう。
拙者はこれまで散々辛抱に辛抱を重ねて参りました故(謎)、そろそろ自分の思い通りの人生を歩んでもよい頃合いだと感じておりまする(ぉぃ)。
閑話休題。巷にあふれる、基本的な善悪の区別もつかぬ者共を見ておると、お代官様のご指摘は実に的を射ておりまする。
己れさえよければ他人がどうなろうと知ったことでない。辛抱を知る心があれば、はなからそのような視野狭窄な状況には陥らぬはずであろうとおもわれまする。
とはいえ、拙者は一生釣りには手を出さぬことでありましょう。
無実なお魚さんが可哀想であります故(ぉぃ)。
しかし、放任主義が今のような醜悪な状況を生み出してしまったということを考えれば、この考えもあながち間違っているとも言いきれないと思います。
むしろ自分の場合は、心身鍛錬の場を設けるべきということを重要視しております。全体主義はよくないとしても、彼の言わんとすることの本質まで否定するのはどうかと思います。
しかし、「豊かな教育」とやらの行き着いた果てが現在の醜悪な状況であるわけです。
それに、「豊かな教育」を考えるのであれば、まずは現状の格差社会の是正を行わなければ話になりません。少なくとも、ワーキング・プアの問題を解決しないうちは、絵に描いた餅です。
これそのものについては否定しませんが、それを目の当たりにしてきた若者が取り返しのつかない状況に陥りつつあるのもまた事実。
今から年寄りを再教育してももはや手遅れでしょうし、それに今の若者は次の世代では子供たちの規範とならなければならないわ毛ですので、モラルハザードの悪循環を断ち切るには、若者の心身鍛練の場を設け、若者が新の意味で自立(and 自律)できるようにしてゆかなければならないのです。
まあ、まずは小学校の道徳の授業を最重要科目にでもすることから始めるべきかもしれませんね。
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