昨日の昼休み、久々に会社で音楽を聴こうと、iPod nanoと「audio-technica ダイナミックインナーイヤーヘッドホン ATH-CK7」を取り出したのですが、演奏を開始したところ、どうも出力される音がおかしい。
しかも、ちゃんと聞こえるときと変な聞こえ方をするときがあります。
嫌な予感がし、プラグ付近をいじくったところ、それに合わせて音がきちんと聞こえたり聞こえなかったりしていました。
そう。嫌な予感的中。どうやら内部の結線に異常が生じてしまった模様です。
このイヤホン、購入したのが昨年の8月であり、まだそれから半年経過していません。
しかも、購入時、1万円近くもの大金を払っています。
二重の意味でショックです・・・。
ちなみにこの商品、ヨドバシキャメラの新宿西口本店で購入しております。
そのときのレシートを保管しているのでおそらく保証を受けられるとは思いますが、場合によってはヘッドフォンを買い直すか、音質がよくないのを我慢して「オーディオテクニカ 密閉型インナーイヤーヘッドホン ATH-CK52 WH」の使用を再開するかした方が良さそうですね。とほほ・・・。
表題からお察しいただけるように、昨日は致命的なミスをしでかしてしまいました。
会社でとあるExcelファイルを書きかけていたのですが、やむを得ず自宅に持ち帰って清書しようと、ファイルを自宅に送りました(当然ファイル圧縮時に暗号化処理をしたことは言うまでもない)。
自宅PCでメールを受信し、メールに添付したファイルの展開も終わり、さあ編集するぞと思ったところ、まだそれほど見慣れていない「OpenOffice.org」のロゴが!
そう。貧乏なボクちゃんには「Microsoft Office」などという高額商品を買うだけの余裕はなく、嫌々「OpenOffice.org」を端末にインストールしたことをすっかり忘却していたのです!
ちなみに、今年分の年賀状は一応「OpenOffice.org Writer」を使って書いておりましたが、正直使い勝手はいまいちでした。
閑話休題。一応、会社から送ったExcelファイルを「OpenOffice.org Calc」で開いてみたのですが、とてもではありませんが内容を読めたモノではありませんでした。
本当は今晩中に書類を書き上げるつもりだったのですが、それが不可能になってしまいました・・・。[註1]
個人的にはきわめて不本意ではありますが、大枚はたいて「Microsoft Office」を買う必要がありますでしょうかねぇ。
しかし、一番安い「Microsoft Office 2007 Personal」ですら、通常版ですと36,000円もしますからねぇ。それも中古で!(執筆時点) しかもAmazonのレヴューでは否定的な意見が目立ちますし・・・。
一応ノートPCなどにはMS Officeがインストールされているが、ノートPCで操作するにはあまりに面倒だし、しかも会社のOfficeとヴァージョンが異なるため、OOoより遙かにマシとはいえやはり編集するのが怖い・・・ [back]
毎度、「Telmina」をお読みいただきまして、誠にありがとうございます。
表題の通り、当ブログの別館として運営しており、現在は開店休業状態となっているCMSサイト「TelminaCube」の運営終了と、当ブログとは別の新ブログ設置を予定しております。
別館「TelminaCube」運営終了について
「TelminaCube」は、昨年9月に運営を開始いたしました。当初、具体的な方向性については運営開始後に決めようと考えておりましたが、ついにそれが決まらぬまま運営終了の運びとなりました。
元々は以前運営していたサイト内のフォーラムに参加されていた方に対する救済措置と、私自身のCMSプログラム「XOOPS」への再入門という2つの意味合いがありましたが、結局いずれも十分に満たすことは叶いませんでした。特に、このシステムでは自分の思い通りのサイト構築が絶対に不可能であることを再認識したときはがっかりしました・・・。
さらに、今後の私のサイト運営についてはブログに一本化したいという考えもございます。有効に使われていないサイトに注力する時間はもはやありません。
具体的な運営終了時期はまだ決めておりませんが、すでに新規ユーザ登録受け付けは終了させていただいております。
急なご連絡で、ご利用の皆様にはなにとぞご迷惑をおかけすることとなってしまい申し訳ありません。
新ブログ設置について
今回、「TelminaCube」運営終了と併せて、「Telmina」とは別の場所にブログを設置しようと考えております。
新ブログにつきましては、次のような用途を考えております。
何らかの理由で当ブログが運営困難になったときのための代替ブログ
特定のテーマを定めていない当ブログの中から特定のカテゴリを独立させた、テーマ特化型ブログ
特に前者についてですが、当ブログ「Telmina」が2007年末~2008年正月にかけてきわめて接続しづらい状態にあったということをふまえ、非常時の代替ブログの設置が不可欠と考えるに至りました。
従いまして、当ブログのように、原則毎日更新の方針はとりません。
なお、先ほど「Telminaとは別の場所に」と申し上げましたが、以前運営していたサイトで使用していた「さくらインターネット」のサーヴァ領域を活用しようと考えております。
以前運営していたサイトを閉鎖してから9ヶ月以上経過しておりますが、そのときに使用していた領域の契約はまだ残っており[註1]、そこを有効活用したいと考えております。
いつの間にか、さくらでもPHP5を使えるようになっているようであり、最新のブログ・プログラムによる運営も不可能ではないと思われることから、有効活用を検討することとなりました。
こちらにつきましても、「TelminaCube」同様、具体的な時期はまだ未確定です。
新ブログの方針や、具体的な運営開始時期については、決まり次第告知したいと思います。
正確には、そこで契約したドメインのメール・アドレスを現在も使用しているため、契約解除不可能 [back]
2008/01/20 日曜日 – 15:43:26
例によって、志木駅前のスタバに来ています。
今回は、「ミルク&チェリーカップケーキ」を食しました。
先週食しました「ベリー&チョコレートカップケーキ」同様、こちらも上のミルク(か?)を平らげないと下のチェリーケーキに辿り着けません。
しかしこれ、本当にダウトなネーミングです。どこがミルクでどこがチェリーなのか説明して欲しいです。
2008/01/20 日曜日 – 12:16:23
昨日、「【書籍】『毒になる親』を読んで」という記事を書きましたが、そこで書き忘れており、どうしてもこれだけは申し上げておかなければならないことを。
「訳者あとがき」の冒頭文の中で、
(前略)だが子供は生まれてくるときには無垢のまま生まれてくるのであり、それが育っていく過程でおかしくなるというのは、原因が大人にあるのは明らかであり、それを“社会”のせいにするのはごまかしである。
と述べられていますが、この意見にはどうも賛成できない。訳者はちゃんと日本社会の現状を把握されているのかという感想を抱きました。
本書の第1冊が発行されたのが2001年。すでにその当時から、日本社会は親子問題に限らず昨今問題になっているようなことの多くが噴出してきていたのです。
子供がおかしくなる「原因」が「社会」ではなく「親」であるという意味であれば、訳者の主張は本書の趣旨とも合致するし何らおかしい点はないのですが、子供に植え付けられた「毒」の触媒として「社会」が働いているのはもはや疑いようのない事実です。
でなければ、マスメディアやネットやいわゆる大衆文化に感化された人間が犯罪を犯すなどということは起こりようがないですね。
今私は「触媒」という言葉を使いましたが、親に正しくしつけられ、道徳観や規範意識が育つための土壌の出来た子供であれば、社会により植え付けられる「毒」にもたやすくは影響されませんが、そうでない子供の場合はたやすく影響されてしまう。いじめなんてその典型ですし、振り込め詐欺のように一つ犯罪が報道されると模倣犯が跡を絶たなくなるのも、社会による毒性の強化の影響でしょう。
子供がおかしくなるのは社会のせいであるという点について合点がいかないのは、その下りの直後で
経済成長(といえば聞こえはいいが、ひらたくいえば金儲け)に国をあげて狂奔してきた結果が、あたたかい愛情を与えられずに育てられた子供にあらわれているのだ。
と訳者自身が述べられていることと矛盾することからも言えます。
全責任が親にあるのであれば、経済成長という「社会現象」はそもそも無実のはず。しかしこのあとがきでは子供への影響を認めてしまっています。
それ以降で「親」の問題について訳者なりの考えがしっかりと述べられているだけに、この冒頭文があとがきのすべてを台無しにしていると言っても過言ではありません。
現代日本をむしばむ病理と決別するためには、親の側から改善してゆかねばならないことは明白です。本書のような書物を規範とするなり、カウンセリングを受けるなり、いろいろ出来そうです。
しかし一個人の努力には限界がありますし、外部による毒の影響を払拭するのは並大抵のことではない。だからこそ社会全体の洗浄が必要なのです。
だからこそ、選挙の時にはきちんと国民・市民に目を向けている候補者に投票しましょう。意味不明のパフォーマンスに狂奔した人間に票が集まった結果その後の日本社会がどうなったのかについては、ここ10年ほどの日本社会の状況を振り返れば一目瞭然なのです。
子供が健全に育つためには、親が健全にならなければならないことは言うまでもありませんが、子供に毒を与えない社会の構築も同時におこなわなければならないのです。